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また生活の中でも、国際的なスタンダードを取り入れて、工夫をして活かすというのが日本人は得意中の得意です。音楽にしろ様式にしろ、いろんな文化を生活に取り入れて日本化したものがたくさんありますね。1300年前の例でその最たるものは漢字だと思います。漢字は、韓国もベトナムも同じように取り入れたんだけれども、日本は日本風に大きく変化させて使ってきている。この日本風の変化というものにはとても不思議なものがあって、音読み、つまり音として使うものもあれば、訓読み、意味として使うものもあり、それをまぜこぜにして使うという独特なもので、オリジナルの人から見ればそれこそチンプンカンプンです。さらにはそれを音読みで崩してカタカナ、ひらがなにしたと。しかも今ではワープロでローマ字を使って漢字を出すわけですからね。とてもオリジナルの人から見たら信じられないような変化を遂げてきた。しかし私たち日本人はその漢字という大きなツールを利用して、ものすごく知的な活動を続けてきたのです。この1300年の思考、日本人の繊細というものに、思いを馳せてみるのもいいと思いますね。籔内先生のご専門の仏像なんかでも、源流がわからないものがたくさんあるんじゃないですか
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そうですね。というのは、日本の文化遺産の伝わり方が他国に比べて独特なんですね。私たちの国は、日本という名前の前は倭だったですね。倭の語源は諸説ありますが、和らぐとか『和を持って尊しとなす』という言葉があるように対立しない、争わない、ということがあるんじゃないかと思うんです。その昔、中国や朝鮮半島からいろんなものが流れてき、中国に来る前にはもっと西からいろんなものが流れてきていたのですが、日本人はその時代時代で受け入れたものを全部ファイルしてるんです。全部、地層のように残っているんですね。これを『伝世古』といって、日本の文化遺産の伝わり方は全部これなんです。つまり、人から人へと伝えられる。
一方、中国の場合は『土中古』といいまして、王朝が変わるたびに全部破壊して埋めてきたわけなので、古いものはすべて土の中から発見され、ある日突然伝わりだすという伝わり方なんです。これはヨーロッパやアラブのほうでも同じですね。ある時、突然土の中からギリシャやローマの技術を見つけてきて、なんだこれは!とびっくりして新しい文化が生まれる。それがルネサンスだったわけだけれども、日本の場合は、時代や政権が変わっても土に埋めてしまわず、ずっと大事に、みんなが大切に守ってきた。これはとても日本的なやり方であって、私は本当に豊かなことだと思いますね。これを千何百年続けてきたというのは、日本人としてもっと自信を持つべき。そういうことをぜひ、若い人たちにも覚えておいてほしいなと思います。
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最近の若い人はずいぶん変わってきましたが、特に昭和の時代、日本人にはアジア蔑視やアメリカへの劣等感などもあったような気がします。そこで、奈良時代から学ぶべき、またこれから私たちが身につけるべき国際感覚とはどんなものでしょうか。
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そうですね。時代の背景や動きを反映して感情が上がったり下がったりする可能性はありますが、日本人の国際感覚の特徴は侮蔑と卑下という感情の間をいつも往復している、という言い方をする人がいます。高慢ちきになったり、卑下しすぎたりという二極を振幅している、と。特にアジアの国々に対しては高慢ちきになるか、劣等感を持つかの二つしかないというような、そんな日本人になる可能性もある。だからこそ、そういう風にならない安定した国際感覚を持つということが、これからは大切だと思います。国際感覚というのは特別なことではなく、今や生活感覚と同等ですね。
我々日本人は、吸収できるものをやわらかく受け入れて発酵させてきた、他の国も真似すればいいというようなマニュアルを長年培ってきたという面もあるような気がします。こうした感性がどこで養われたのかというと、四季とか自然、山、川などという日本の風土、国土によって。これは国によっていろいろ条件が違うので、その環境を背景にしてそれぞれの感性が養われていく。こうした日本人らしい感性を守りつつ、いかに安定した国際感覚を身につけるかがこれからは、ひとつの大きな課題になると思いますね。
そして、その時々によって相手を下に見たり、上に見たりという感覚が、あまりたいしたことではないと思えるようにするためには、遠くの昔を思い出すことが有効。この1300年の間には、高慢ちきになったこともあるし、ひしゃげたこともあるし、重心が強くなったこともあるし、呆然としたこともある。どの人の一生でもそういうことがあるわけですから、そうした歴史の一つ一つでいろんな感情があったことを思い出すのはどの国、どの地域でもとても大事だと思います。
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高慢ちきな時代、劣等感を持つ時代。こうした感情の振幅は日本だけではなく、中国、韓国でもありますね。日中韓、この三国ではその感情が少しづつズレて起こるわけなんです。たとえば日本人はそんなこと思ってなくても、中国の方は日本に対してそう考えているとか。また、その逆もあったり。ちょっと離れてみればお互い、ばかばかしいようなことが大変不幸な時代を引き起こす可能性がある。そこで私は、今回の平城遷都1300年祭で知事がなさっていることは、非常に重要だと思っているんです。というのは、このお祭りを日本と東アジアの将来を考えるためのひとつのきっかけにしたいということで、シンポジウムその他を実行されているということ。平城遷都1300年祭を奈良や日本だけでなく、東アジア全体のお祭りにしたいとお考えでおられることは、非常に意義あることだと思いますね。
たとえば世代間でも感情が違っていて、私の親の世代なんかは戦争に行ってますので、中国、韓国、朝鮮に対する蔑視を子どもの頃から植えつけられている。これはもうどうしようもないことなんです。しかし、それを見て育ってきた私は『ちょっと違うんじゃないかな』という感覚を持っている。アメリカに対しては、どうしようもない劣等感を持っていたりします。一方、私は大学で教えていますから、韓国や中国から来る留学生にたくさん会う機会が多いんですけれども、彼らはまず、それぞれの国が持つ日本に対する固定観念を持って来日してきます。しかし、実際に日本人と接してみて、日本で学んでみると、自分が今まで抱いてきた日本人のイメージとずいぶん違うなと思うわけです。その落差に驚くんですね。だから、やっぱり日本人にも世代間で差があるように、中国、朝鮮、韓国、ベトナムの人たちも世代間によってそれぞれ違う感覚を持っている。そして、その国の中にいる限りにおいては、その時代の感覚で持って形成されるわけなんです。
その垣根を今後できるだけならしていくためには、やはり顔と顔を突き合わせてお互いをよく知り合うことが大事。だからこそ、この平城遷都1300年祭を奈良県や日本だけのお祭りにしないというのは、これからのお祭り開催の一つの雛形になるだろうと思いますね。
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自治体のお付き合いが中心になりますけれども、韓国、中国の方とこのお祭りをきっかけおに付き合いができるととても面白いですね。今、意義深い時代に入っているのだということをつくづく実感します。今までにない、かつての歴史にないほど本当は自由に付き合える環境が整ってきている。それを制約しているのは、それぞれの歴史観、観念だとそのような気がします。今、籔内先生のお話がとても面白かったのですが、我々はいつも「日本は」、「日本人は」としかしゃべっていない。しかしそれを「韓国人は」、「中国人は」としゃべってみると、「韓国の歴史は」、「中国の歴史は」と目を向けることになる。今まで、我々には日本史と世界史しか頭になく、世界史といえば明治以降の西洋の歴史でしかありませんでした。しかしよく考えてみると、江戸時代までは東アジアの国の歴史しかなかったわけです。
そう思い起こしますと、現代は西洋の歴史も含めて、アジアの歴史と日本の歴史というのをそれぞれ楽しく見られるという、歴史上にはない面白い位置に立つことができる。1300年前の歴史があるから、それをダシにというわけではありませんが(笑)、アジアの国々に奈良県が声をかけていただけられるというのも大変、うれしいことだと思っています。今回のお祭りをきっかけに一緒にお祝いし、感謝して、お願いし、さらには、これから一緒に東アジアの繁栄と平和を考えていきましょうという活動に結びつけていきたい。しかも、それがだんだんできるような感じになってきたので、とてもうれしく感じますね
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そのうえ来年は上海万博、百済博と、ちょうど日中韓と期せずして大きなお祭りが行われる。本当に深いご縁を感じますね。